手元残金10万円からなんくるないさーで這い上がった男の話。
コロナ禍に上場企業を辞めて起業し、手元のキャッシュが10万円まで減った。それでも「後悔した夜は一度もない」と言い切る。沖縄経済をかつての琉球王朝のように発展させる——高校生のときに決めたビジョンだけを持ち続けてきた人の話。
上場企業からの独立、手元残金10万円。
独立の決断・資金繰り
聞き手(渋谷 彩華):起業して後悔した夜はありますか?
後悔したことは1度もないですね。
前職の上場企業から覚悟を持って起業をしたので、不安はもちろんありましたが、後悔はなかったです。
聞き手(渋谷 彩華):人生で一番お金を失った出来事は?
ビジネスモデルが明確に定まらなかったことや、コロナのタイミングで起業ということで市場も停滞している環境もあり、手元のキャッシュが10万円ぐらいになってしまいました。

聞き手(渋谷 彩華):成功する人の共通点と、うまくいかない人の特徴は?
評論家みたいに言いたいことは誰でも言えますが、結局やり切れるかどうかは一握りかと。
聞き手(渋谷 彩華):成功に必要なのは努力・才能・学歴・運、どれですか?
運だと思っています。
たとえば、時代やタイミングの話でいうと、江戸時代に今のスマホのような商品を作っても、おそらく普及しなかったかもしれない。
AIも、スマホが普及した上でデジタル化が進んだ先に、これだけ当たり前になってきたと思っています。
時代のタイミングや運というものを味方にできるかどうかというのが、成功要因の一つだと思っています。
ただ、そのチャンスや運は一発のラッキーホームランではなくて、運をつかむための準備を積み上げてきた結果だと思っています。
そのチャンスや運は 一発のラッキーホームランではなくて、 準備を積み上げてきた結果。

聞き手(渋谷 彩華):起業前後でお金の感覚は変わりましたか?
めちゃくちゃ変わりましたね。一番変わったのは「投資」という考え方です。
浪費ではなく自己投資・事業投資という視点で決済を考えるようになりました。
あとは税金の仕組みも勉強するようになって、サラリーマン時の方が額面の収入は大きかったのですが、結果的に個人事業主の時の方が残るお金が多かったという経験も、やってみて初めて気づきました。
無知は罰金とよく言いますが、本当にそうだと思っています。
知らなかったことで損していた期間が確実にあって、もっと早く知りたかったと感じることがたくさんありました。
「無知は罰金」——税金の仕組みを知らなかった時期の損失。これは家計もまったく同じ。
ポイントカードの使い方、保険の見直し、NISAの活用。知っているかどうかで、毎月の手残りが全然変わってくる。勉強はいつからでも遅くない。
離婚、東京支店立ち上げ、一人での上京。それでも守るものがある人が強い理由。
家族・チーム
聞き手(渋谷 彩華):起業についてパートナーから反対されたことはありますか?
先にお伝えすると、今年の4月に、実は離婚をしました。色々な理由はありますが、私の力不足もあり、家族には多くの迷惑をかけてしまったと反省しています。
起業してキャッシュアウトしそうな経営の大変な時期もありましたが、プライベートでは元妻や子どもたちには時間もなかなか作ることができなかったと感じています。

聞き手(渋谷 彩華):社員のモチベーションを上げるのと、パートナーの機嫌を取るのはどっちが難しいですか?
パートナーの方が難しいですね。
メンバーに関しては、ビジョンに共感して集まってくれているメンバーが多いので、そのビジョンを丁寧にコミュニケーションしていくことが大事だと思っています。
今は東京と沖縄で離れているので、SlackやLINEでの細かい気遣いは特に意識するようにしています。
聞き手(渋谷 彩華):守るものがある人の方が、経営者として成功すると思いますか?
思います。守るものは家庭だけじゃなくて、メンバーの雇用であったり、支援している企業様だったり。
関係者が増えれば増えるほど、自分の介在価値がなくなった瞬間に誰かが困る、という意識が強くなります。
それが大きなエネルギーになると思っています。

大変な状況でも、お母さんはずっと前を向いていた。3兄妹みんなが起業したのは、きっとそのせい。
生い立ち・母のこと
聞き手(渋谷 彩華):幼少期はどんな子どもでしたか?今のビジネスにつながっている部分は?
リーダー気質でした。
学級長・部活の部長・バイトリーダー、大学時代は6つの部長やゼミ長を兼務していたりと、常に手を挙げる側でしたね。
推薦ではなく自分から「やります」というタイプです。今も自分で会社を立ち上げているのも、その延長線上にあると思っています。
聞き手(渋谷 彩華):お母様はどんな性格でしたか?
人がいいというか、忖度なく誰にでも優しくて、無償の愛を届けてくれる人です。太陽みたいと言われることもあります。この年になっても母親の愛情を感じていますね。
面白いのが、山川家は全員が前に出るタイプで、母もYouTubeで沖縄の番組に出ていて、今一番再生回数が多いのが母なんですよ。
妹たちもYouTubeで発信していて、目立ちたがり屋の家系です(笑)

聞き手(渋谷 彩華):お母様との一番の思い出、尊敬しているところは?
家庭が連帯保証人で多額の借金を背負ったことがあって、決して裕福ではない環境でした。
でもそんな中でも、愛情だけは途切れることがなかった。子供たちのことを第一に考えてくれて、しんどい時期にも目を向けてくれた。
尊敬しているのは、そういう状況でもずっとポジティブに前を向いていたこと。沖縄の言葉で「なんくるないさー」というんですが、なんとかなるよという前向きな気概です。
その姿を見ていたから、3兄妹みんなが今それぞれで事業をやっているんじゃないかなと思っています。
なんくるないさー。 大変な状況でも、 母はずっと前を向いていた。
聞き手(渋谷 彩華):お母様に一番きつく叱られたエピソードは?
基本のびのびと育ててもらったので、あまり怒られた記憶がないんですよね。
強いて言えば、幼少期に妹の顔を殴ってしまった時に本気で叱られたことは覚えています(笑)
でも普段は怒るところはちゃんと怒って、それ以外はのびのびと——という感じで、子供としては生活しやすい環境でした。

仕事は舞台だ。自分を表現できる場所で、やりきってみなさい。
20代の自分へ・子どもへ
聞き手(渋谷 彩華):20代の自分にアドバイスするとしたら?
もっと早くビジネスに触れてみればよかったということですね。
リーダーはいろいろやっていましたが、ビジネスとしての経験値をもっと積んでおけばよかった。偏差値38の大学だったので学歴では負けていましたが、ビジネスの世界は学歴で成り立っているわけではなくて、経験値が人の器を作ると思っているので。
高校生の頃から経営者になると決めていたので、だったらもっと早くスモールでもいいからビジネスの世界に足を踏み入れてみればよかったなと思っています。
聞き手(渋谷 彩華):子どもに勧めるなら起業と就職どっち?
起業ですね。5歳の息子が「パパみたいに出張したい、社長になる」と言っているので(笑)
仕事って自分を表現する舞台だと思っていて、就職という舞台でも表現はできる。
でも本当にやりたいことが見つかった時、起業しないと叶えられないこともある。自分の表現する場をステージを変えてもっとやりたいとなった時は、起業一択だと思っています。
取材を終えて
「なんくるないさー」——なんとかなるよ、という沖縄の言葉が、このインタビューの底にずっと流れていた気がしました。
手元10万円でも後悔しなかった。離婚して一人で東京に出てきた。それでもビジョンだけは高校生の頃から変わっていない。沖縄経済を、かつての琉球王朝のように発展させる。
お母さんが大変な状況でも前を向き続けたように、山川さんもずっと前を向いている。それがきっと、山川家の血なんだと思いました。
取材先
| 所在地 | 沖縄県宜野湾市 |
|---|---|
| 事業 | 新卒・中途採用のコンサルティング、地方学生の県外就職支援「ガイカツ」、地方創生型採用プロジェクト「OFA」の運営。 |
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